東京地方裁判所 昭和51年(ワ)3826号 判決 1980年3月13日
原告 東洋濾紙株式会社
右代表者代表取締役 戸部晃
右訴訟代理人弁護士 荒木孝壬
被告 橋本すけ子
<ほか四名>
右五名訴訟代理人弁護士 片岡廣栄
主文
一 原告の被告浜野充枝、同田中和子及び同橋本圭司に対する訴えをいずれも却下する。
二 原告の被告橋本すけ子及び同橋本光司に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告)
一 別紙物件目録記載の建物が東海電子工業株式会社(本店所在地 東京都目黒区上目黒一丁目二五番三号)の所有であることを確認する。
二1 主位的請求
被告らは、東海電子工業株式会社(本店所在地 東京都目黒区上目黒一丁目二五番三号)に対し、別紙物件目録記載の建物について、昭和三一年五月二九日贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
2 予備的請求
被告らは、東海電子工業株式会社(本店所在地 東京都目黒区上目黒一丁目二五番三号)に対し、別紙物件目録記載の建物について、昭和三一年五月二九日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
三 被告橋本すけ子は、東海電子工業株式会社(本店所在地 東京都目黒区上目黒一丁目二五番三号)に対し、金五九四万円及びこれに対する昭和五一年七月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに第三項について仮執行の宣言
(被告ら)
本案前の申立
主文第一項と同旨
二 本案の申立
主文第二、三項と同旨
第二当事者の主張事実
(請求原因)
一 原告は、昭和三五年一一月一日訴外東海電子工業株式会社(以下「東海電子工業」という。)の新株発行に際し、二〇〇〇株(一株の額面金額五〇〇円)を引き受けて同社の株式を取得し、じ来右株式を有する株主であり、被告橋本すけ子(以下「被告すけ子」という。)及び被告橋本光司(以下「被告光司」という。)は、いずれも右会社の取締役である。
二 原告は、東海電子工業に対し、昭和三五年八月二七日から昭和三六年一一月三〇日までの間、前後一〇回にわたり、別表記載のとおり年利六分の約定で貸付けた貸金合計金七四九万六五九一円に対する約定利息金四一七万七四九三円の金銭債権を有している。
三1 東海電子工業は、昭和三一年五月二九日被告らから被告ら共有に係る別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の贈与を受けた。
2 右1の事実が認められないとしても、東海電子工業は、昭和三一年五月二九日被告らから本件建物を代金七八万九六〇〇円をもって買受けた。
四1 被告すけ子は、本件建物が東海電子工業の所有に属することを知りながら、右建物が被告らの共有であり、これを右会社に賃貸したとして、右会社から昭和四四年一一月から昭和四八年一〇月までの間毎月三万円、昭和四八年一一月から昭和五一年四月までの間毎月一五万円の合計金五九四万円を賃料名義で取得し、右会社に対し右同額の損害を与えた。
2 株式会社の取締役は、会社のため忠実に職務を遂行し、会社に損害が生ずることを防止すべき義務があるところ、被告すけ子の右行為及び被告光司がこれを放置していることは、いずれも取締役としての右忠実義務に違反するものである。
五 原告は、東海電子工業に対し、昭和五一年三月一八日到達の書面で、被告すけ子及び同光司の責任を追求する訴えを提起するよう請求したが、右会社は、請求後三〇日を経過してもその訴えを提起しない。
六 よって、原告は、
1 被告らに対し、被告すけ子及び同光司については、商法二六七条二項に基づき、被告浜野充枝、同田中和子及び同橋本圭司については、原告が東海電子工業に対して有する請求原因第二項の金銭債権及び原告が株主としての地位に基づいて右会社に対して有する残余財産分配請求権を保全するため、右会社に代位して、本件建物が右会社の所有に属することの確認と、右会社に対し本件建物について、主位的に昭和三一年五月二九日贈与を原因とする所有権移転登記手続を、予備的に昭和三一年五月二九日売買を原因とする所有権移転登記手続をすることを求め、
2 被告すけ子に対し、商法二六七条二項に基づき東海電子工業が受けた損害金五九四万円と右金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年七月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を右会社に支払うことをそれぞれ求める。
(本案前の抗弁)
原告は、東海電子工業に対し、原告主張の消費貸借に基づく利息債権を有しない。また、株式会社の株主は、株主権に基づき会社に代位して会社に属する権利を行使することはできない。したがって、原告の被告浜野充枝、同田中和子及び同橋本圭司に対する本件建物が東海電子工業の所有であることの確認を求める訴え並びに右建物につき、主位的に昭和三一年五月二九日贈与を原因とし、予備的に同日売買を原因とする東海電子工業への所有権移転登記手続を求める訴えは、いずれも原告適格を欠き不適法であるから却下されるべきである。
(請求原因に対する認否)
一 原告主張の請求原因事実中、原告が東海電子工業に対し、原告主張の金員を貸付けたこと、被告らが東海電子工業に対し、本件建物を贈与又は売却したこと及び被告すけ子と同光司に取締役としての忠実義務違反が存することは否認し、その余の事実は認める。
二 東海電子工業が原告から昭和三五年八月二七日から昭和三六年一一月三〇日までの間に受領した合計金七四九万六五九一円は、東海電子工業が原告に納入する製品の前受金として交付を受けたものであって、貸付金ではない。
第三証拠《省略》
理由
一 被告浜野充枝、同田中和子、同橋本圭司に対する請求について
1 先ず、貸金に対する利息支払請求権を保全するための原告の右被告らに対する請求について判断する。
(一) 原告が東海電子工業に対し、昭和三五年八月二七日から昭和三六年一一月三〇日までの間、前後一〇回にわたり合計金七四九万六五九一円を交付したことについては当事者間に争いがない。
(二) 原告は、右金員は、貸付けの趣旨の下に交付されたものと主張するが、《証拠省略》のうち、右主張に沿う部分は採用できず、他に右主張を裏付けるに足りる証拠はない。かえって、《証拠省略》によると、
(1) 東海電子工業は、理科学機械、器具の製造販売を主たる営業目的とする会社であるが、その主要な製品であるペーハーメーターについては、原告がその販売を一手に引受けていたこと、
(2) 東海電子工業は、昭和三五年ころ、従来のペーハーメーターL型に代る新製品ペーハーメーターT型の開発に成功したが、これを知った原告が右L型を買控えたことから、売上げが落ちて資金繰りが苦しくなり、右T型の製品化のための資金調達に苦しんでいたこと、
(3) そこで、東海電子工業の代表取締役であった被告光司が原告に資金援助を懇請したところ、原告はこれを承諾し、東海電子工業に対し、前払金として、昭和三五年八月二七日から昭和三六年一一月三〇日までの間、前後一〇回にわたり、前記当事者間に争いのない合計金七四九万六五九一円を交付するに至ったこと、
(4) 東海電子工業は、昭和三五年八月二七日以降原告に対し、また、昭和三六年六月原告の販売部門が独立した東洋化学産業株式会社が設立された後は、同社に対し、製品を納入し、関係当事者合意の下に、その代金を二分し、その一を原告に対する右前受金の返済に充ててきたこと、
(5) 東海電子工業の第一五期(営業期間昭和四四年一一月一日から昭和四五年一〇月三一日まで)、第一六期(営業期間昭和四五年一一月一日から昭和四六年一〇月三一日まで)、及び第一七期(営業期間昭和四六年一一月一日から昭和四七年一〇月三一日まで)の各決算報告書には、東海電子工業が原告に対して各期末現在において、第一五期五〇四万八一一三円、第一六期四五五万八一一三円、第一七期三四七万八一一三円の各前受金債務を負担している旨の記載がされており、株主である原告も東海電子工業の定時株主総会において、右各決算承認の議案に賛成していること、
の各事実が認められる。《証拠判断省略》
(三) 原告は、東海電子工業との間において、前記金員につき、年六分の割合による利息を付して返還する旨の約定があったと主張するが、《証拠省略》のうち、右主張に沿う部分は採用できず、他に右主張を裏付けるに足りる証拠はない。
(四) そうすると、原告主張の貸金に対する利息支払請求権を保全するために、原告が東海電子工業に代位して提起した本件訴えは、原告適格を欠く不適法なものというべきである。
2 次に、株主としての東海電子工業に対する残余財産分配請求権を保全するための原告の被告らに対する請求について判断する。
株主の残余財産分配請求権は、会社が解散し、会社の債務を弁済してなお残余の財産がある場合にはじめてその分配にあずかり得るという未必不確定な期待ないしは可能性にすぎないものであって、会社が解散して清算に入り、株主の残余財産分配請求権が顕在化するまでは、株主権の内容をなすに止まり、民法四二三条の債権者代位権を基礎づけるべき債権となることはできないものというべきところ、東海電子工業が解散決議をしたことについては何らの主張立証もなく、かえって弁論の全趣旨によると、東海電子工業は、現に営業中の会社であることが認められる。
よって、残余財産分配請求権を保全するために、原告が東海電子工業に代位してする標記の被告らに対する訴えも、原告適格を欠く不適法なものというべきである。
二 被告橋本すけ子及び同橋本光司に対する請求について
1 原告が昭和三五年一一月一日東海電子工業の新株発行に際し、二〇〇〇株(一株の額面金額五〇〇円)を引き受けて同社の株式を取得し、じ来右株式を有する株主であること及び被告すけ子、同光司がいずれも右会社の取締役であることについては当事者間に争いがない。
2 《証拠省略》によると、
(一) 東海電子工業は、昭和三一年五月二九日設立された会社であること、
(二) 本件建物は、被告らの被相続人橋本伊勢治(以下「伊勢治」という。)の所有であったが、昭和二五年一一月四日、同人の死亡に伴い、被告らが相続により共同でその所有権を取得したこと、
(三) 東海電子工業の第一期(営業期間昭和三一年六月一日から昭和三一年一〇月三一日まで)の決算報告書中の貸借対照表及び財産目録には、本件建物が金七八万九六〇〇円の価額で資産として計上されており、本件建物は、右第一期から第一七期(営業期間昭和四六年一一月一日から昭和四七年一〇月三一日まで)に至る各期の貸借対照表及び財産目録に資産として計上され、減価償却をされていること、
が認められ、右認定に反する証拠はない。
3(一) 原告は、東海電子工業が本件建物を資産として決算書類中に計上しているのは、東海電子工業が被告らから、昭和三一年五月二九日本件建物の贈与をうけ、又は代金七八万九六〇〇円で買受け、その所有権を取得したからであると主張し、《証拠省略》中には、原告が昭和三五年一一月一日東海電子工業の株式を取得する際、被告光司から、本件建物は会社財産である旨の確言を得た旨の右主張に沿う部分も見受けられるが、右主張にかかる本件建物の贈与ないしは売買を直接証明するに足りる証拠は見当らない。
(二) のみならず、《証拠省略》によれば、
(1) 伊勢治が代表取締役であった大平科学工業株式会社(以下「大平科学工業」という。)は、本件建物内において特殊真空管などの製造販売をしていたが、昭和二五年一一月四日伊勢治が死亡した後は、被告光司が同人の事業を引き継いだこと、
(2) 被告光司は、事業を拡張してペーハーメーターの製造販売を開始するため、昭和三一年五月二九日東海電子工業を設立し、東海電子工業は、本件建物所在地に本店を置き、これを工場として使用するため、その共有者である被告らから本件建物を賃借し、また、従前大平科学工業が使用していた同社所有の高周波電気炉、真空ポンプ、電解研摩用直流電源及びガス設備などの真空管製造設備を譲り受けて東海電子工業の事業に使用したこと、
(3) 本件建物の敷地は、訴外松本作次から東海電子工業が賃借したものであるところ、被告らが本件建物を相続により取得した後現在に至るまで、右敷地の賃借料及び本件建物の固定資産税は、被告らが支払っていること、
が認められ、右認定に反する証拠はない。
(三) 以上認定の各事実を総合すると、東海電子工業が本件建物をその決算書類中に資産として計上するに至ったのは、前記認定の真空管製造設備をその取得価額金七八万九六〇〇円で計上すべきところを本件建物と取り違えたためであるとする弁解もあながち不合理なものとして排斥しがたく、結局被告らが昭和三一年五月二九日東海電子工業に対し、本件建物を贈与し、又は売り渡したとの事実は、いまだこれを認めるに足りる証拠がないものという外ない。
3 以上によれば、原告の被告すけ子及び同光司に対し、本件建物が東海電子工業の所有に属することを前提として、被告すけ子及び同光司に対し、その確認と、本件建物につき主位的に昭和三一年五月二九日贈与を原因とし、予備的に同日売買を原因とする東海電子工業への所有権移転登記手続を求める請求並びに被告すけ子に対し、東海電子工業に損害賠償として金五九四万円を支払うよう求める請求は、いずれもその余の点につき判断するまでもなく理由がないというべきである。
三 よって、原告の被告浜野充枝、同田中和子及び同橋本圭司に対する訴えをいずれも不適法としてこれを却下し、原告の被告橋本すけ子及び同橋本光司に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野崎幸雄 裁判官 江見弘武 渡辺等)
<以下省略>